天照大神の墓

  • 2017.05.25 Thursday
  • 01:51

比木神社はいわゆる

ニギハヤヒの墓である。

つまり、百済からきたのではなく

竜宮王朝が日下部氏として

高鍋町の浜から上陸した

そして妻神社の神主の家系

隼人になり、丹波

尾張で邪馬台国をつくる

そこで百済王族 騎馬民族から

襲撃にあい、百済王族が

天照大神の家系を卑弥呼から

奪取し天皇家ができる。

王権を貰った日下部氏に

マナの壺をわたし

自分たちの同族、王権の象徴を

授与。

そして、百済(ガド族)王族の末裔が

倒した日下部の王子をいわば

慰問、隠蔽するため

日下部氏の妻神社の分社の

比木神社に古事記ができた700年代

むりやり王子たちが百済王族がやってきた

無理な伝説をこじつけて

歴史を日下部氏の王子から

百済王族の王子の墓に塗り替えたのである。

証拠に、比木神社の神は大国主だが、

本体の都農神社の神は大国主で

ここが唯一の公式の大国主の墓である。

日向一宮である。

昔はここは、ニギハヤヒの祀られた神社

また、地名が物部だった。

だがここいらの物部は、日下部氏に接近

同族化をやらしく進めている。

比木神社の天井画の竜女は

妻神社から高鍋町の浜下りをする

女神である。

上陸してきた母親は

浜辺に王妃の墓としてまつられ

比木神社の王子は大年下り

として その母のいる大年神社に

毎年会いに行くのである。

大年神はニギハヤヒの幼名

スサノヲ 大国主の王子の墓の神社が

大年神のいる上陸した母親のところに

帰る。

その神社の墓に葬られた王子は

つまりどういうことかというと

(天皇家に抹殺されたニギハヤヒの魂)

であった。

また、王族の魂。

天皇家の先祖が土地で死ぬはずがない。

上陸地点で即死する彼らは、縫うように

日下部氏の行動に沿って神社を

つくっている。

まぎれもなくスタート地点に

滅ぼされたやつらが

王権を授与され封印された。

現地古老は語る。百済の王族ではなく

異国の大将軍だったと。

渡来したイスラエルの地がはるか古代

現地民と結ばれ、現地で素晴らしい

文化が栄えていた証である。

それを語り継いでいたのだが

それを抹殺されたニギハヤヒの墓にされた

のである。

邪馬台国王族の魂なのである。

 

スポンサーサイト

  • 2017.08.25 Friday
  • 01:51
  • 0
    • -
    • -
    • -
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    PR

    calendar

    S M T W T F S
      12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
    << August 2017 >>

    天照国照彦火明命(アマテル)と瀬織津姫の紹介

    転載イラスト※瑠璃さん作画

    アマテラスビューティーソープ(神話美容シリーズ)ともくんも使ってます

    selected entries

    categories

    archives

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM