古代邪馬台国vs大和朝廷・新旧の歴史

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    本日は邪馬台国のおはなし

     

    神話の入れかわりが存在したことは

     

    お話した通りですが、もう一つ見つめてみたい部分があります。

     

    それは"邪馬台国"の存在です。

     

    邪馬台国はひとつは日向にあったとされる説と

     

    奈良にあったとされる説です。

     

    日向の児湯地方である高鍋町に邪馬台国に贈られた景初4年の鏡と

     

    同じモデルのものが同じ型で作られ京都の福知山で発見されました。

     

    また、卑弥呼は尾張族の人ですが

     

    尾張族がすでに日向〜大和の中心で大和朝廷の前進となる

     

    邪馬台国のモデルを創っており

     

    そこの王族が彼らであったことが歴史が証明していることです。

     

    くつがえることなく間違いなく言えることは、卑弥呼は日下部〜尾張族の人物であるということ。

     

    そしてもうひとつは、彼らの始祖は日向からやってきたことなのです。

     

    とすると、日向と奈良の2つのブロックにその痕跡が存在するのは当然、ということになります。

     

    また鏡が実在しないといわれた景初4年というのも

     

    自分たちの存在をアピールするための贈り物

     

    特別な理由で創造されたものか

     

    急きょ製造されたモデルであり外国の王の死期を悟られないようにするための一時的な隠ぺいと権威づけ

     

    などの諸理由であるといえるでしょう。

     

    だからこそ邪馬台国から見ると2か所の重要な地区に贈られたのです。

     

    現代の天皇家が神代から続いているとされる大和朝廷の

     

    日本書紀の編ざんは平安時代ごろからされていますが

     

    そのなかにいっこうに邪馬台国の存在が登場せず、脇ににおわせるのみということも

     

    当然ながら王朝の交代がそこで行われたため。

     

    本当の皇道は日向から東征し丹後や美濃尾張に一大王朝を創造していた

     

    "尾張族であった"ということなのです。

     

    その証拠は1970年代から公表され、正しいものとしてほとんど出ています。

     

     

     

    また、天皇におそれられ尾張の熱田神宮の前進に

     

    草薙の剣を置いて尾張始祖の妃と結ばれ、直後死んだ

     

    ヤマトタケルの存在もなかなかそのラインと相似します。

     

    これものちの日本書紀などの書き換えによるものでしょう。

     

    そもそも大和の語源は(ヤマタイ→ヤマト)です。

     

    ヤマタイ国からヤマトの流れに変化した

     

    ということになります。

     

    その際に尾張族→天皇家となり、その尾張の一部が天皇家の奥さんなどになり

     

    ずっと表舞台には立たず、影を潜め元伊勢や主要神社の宮司さんや国府の長に配属されるなど

     

    サポーター的存在となり、陽か陰でいうところの陰の存在ということに格下げになってしまった。

     

    すなわち、日本人のもともとの先祖神の子孫は尾張の人であった。

     

    こういうことになりますね。

     

    神武天皇がたとえられるもともとの存在は

     

    その初期大和王朝の王族を指していたのです。

     

    それが、ほんとうの神武が所属している一族だったのです

     

    それこそ、尾張族の祖先に山幸たるヒコホホデミが存在していること

     

    その別名は日本書紀では神武天皇なのです。

     

    これらを解くとかなり二重三重するポイントが出てくるのですが

     

    そうなるのものちに乗っ取られたら一人だった人物が二重三重して存在せねばいけなくなり

     

    見る人を混乱させる配列となる。一筋縄ではいかないわけです。

     

    我々が想像していた邪馬台国というイメージをはるかに超えた巨大な

     

    王朝が存在していたにもかかわらず、その政権交代が過去あったためであるといえます。

     

    そのとき巫女であり、女王としての卑弥呼のキャラクターとまつっていたのちの大物主といわれる蛇神

     

    尾張族の代表神男性の天照、アマテルである天照国照彦が天皇家の先祖神としてはやいはなしうばわれ

     

    天照大神、という皇祖神になっちゃった。

     

    すなわち、もともとは邪馬台国〜プロトタイプヤマトの日本人の神様だったものが

     

    天皇家という後々の存在祖先の神となり

     

    のちの改ざんにより強制的に日下部氏の天孫降臨や日向三代のくだりも結び付けられることとなり

     

    現在語り継がれる万世一系神話ということに修理個性された

     

    ということなのです。

     

    これらの変更までの空白の数百年間は、血で血を洗う闘いと

     

    日本建国最大の秘密である

     

    偽りの隠したい歴史の闇が存在しているといえるでしょう。

     

    これらを追って完全に解き明かすカギは、それこそ皇道発祥の地とされる、日向にあるのです。

     

     

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    「魂の輝度」

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      宇宙に「愛」以外のものはなにも存在しません。

       

      愛がなくなってしまえば、すべてのものは破壊されてしまうのです。

       

      愛さえあればそれでいいのです。

       

      すべての人は小さな愛を持っており

       

      天の神はおおきな愛を持っています。

       

      納得いかないとか、理解できないというのは、小さな愛で大きな愛を測り考えようとするからできないのです

       

      それでは順序が違います。

       

      大きな愛のすることは公平であり、無駄がありません。

       

      だから理屈で考えることではなく、それでいいのです。

       

      肯定しなければいけないのです。

       

      皆さんは自分の身長や肌の色がどうしてこうでなければいけないのかとか

       

      自分はどうして存在しているのか考えたことがありますか?

       

      また神がいるとしたら、どうして人類を創ったか考えたことがありますか?

       

      そうしたこと一切が

       

      人間にはすべてはわからないのです。

       

      高級な天使たちにもわからないことは当然あります。

       

      神しかわからないことがあるのです。

       

      すべて神のみぞ知る世界というものがあるのです。

       

      霊性の高さについてもそうしたことが言えます。

       

      わたしがよくはなしていることは、魂の年齢が長い人は

       

      よく思いやりがあるとか、想像力があるとか

       

      思いやりがあるとか、レベルが高いとか言いますが

       

      もちろんそれは事実です。ですが

       

      厳密な言い方をすると、

       

      その魂の年齢と呼んでいたものは、「魂の輝度」のことなんです。

       

      利他愛か自己愛か

       

      どれほど光り輝いているか。

       

      それが大切なのです。

       

      よく御霊磨きとか、霊性の進化といいますよね。

       

      これはすなわち、その人の魂を水晶玉みたいに徹底的に磨き上げ、

       

      芸術品のように美しくしてゆく研磨作業なのです。

       

      ですので、美しくするためならつらい別れや

       

      逃げたいこと拷問だって地獄だって、苦労しかない人生だって存在します

       

      でもそれはすべて「あなたの魂を美しくするための必要なこと」なのです。

       

      醜い魂であればそれはしょうがないのです。

       

      誰だって泥だらけより、宝石のほうがいいでしょう?

       

      そういうことなんです。今の世の中は皆さん泥だらけに私から見ると見えています。

       

      これを全員水晶玉に仕上げることが神の御計画なのです。

       

      美しくなれればなるほど良いので、それはずっと続くんですよ。

       

      で、輝けばそれだけ幸せになれます。

       

      いいことが続くんです。

       

      すべては完璧なのです。

       

      神さまも好きでやってんじゃないのです。

       

      それこそ、人間の最低限の自由意思で自分で積んできた罪の報いですから

       

      喜んで人々を不幸にしてきた人がいるでしょう、次の人生や

       

      死後徹底的な地獄を経験するのです

       

      覚えてなくてもいろいろとんでもないことをしている人もいます。

       

      しかし霊的にはいろいろなパターンがあって、決めつけは禁物です。

       

      これだからそうなった、

       

      と一概に一列に物事を見ることも安請け合いで平面の見方なのです。

       

      平面ではなく、縦の力もある。立体なのです。

       

      スピリチュアリストやクリスチャンの人で

       

      こういう概念の間違った見方で、勘違いをした

       

      哲学思想を得てしまう人がいると思うんですけれども

       

      そうなれば、地上に降誕していない神そのものはどうすんじゃいという話なんです。

       

      まさか例外とでもいうんかいということです。

       

      神仏と同じレベルまで私たちは修行をしているといいますが、

       

      じゃあそのゴールにいる神仏は最初はどうだったんですか?

       

      と聞かれると、多くのスピリチュアルカウンセラーは答えられません。

       

      そこまで本気で考えたことがなく

       

      知識がないから、わからないのです。

       

      でも私はわかるからお答えしたいんですが

       

      主の神はもとから永遠に神なわけで、ほかの何にもなりません。

       

      ただひとり時空間を超越したご存在ですからね。

       

      それがないと法則が破壊されて世界がなくなっちゃうのです。

       

      それから発生分化したものが霊であり人なのですから

       

      みんな専門家でさえ無知なのです。

       

      修業とは、その神が創造した疑似存在(小さき神)である

       

      わたしたちを自分のような想いを持つ存在に高めて、

       

      みんなで幸せにさせてやりたいという、親心、すなわち愛

       

      これによって発生させられたのです。

       

      だから、そうして出来上がったものだから

       

      様々な等級や差別

       

      エネルギーの高さ低さによる愛の大きさ、

       

      自分ではなく他人のことだけを考えられる魂によって行動は異なってくるし

       

      住む世界はまるで違うんですね。

       

      イエスキリストは転生が少なかったのに、どうしてあれだけの霊性を確保していたかということ

       

      少ない転生で地上人をはるかに凌駕する圧倒的な心の持ち主だったかというのは

       

      そりゃ、向こうの世界で修業を長く積んでいた光だったから。神霊の子だったからです。

       

      それだけ高いレベルの人だったから、自分がどうなろうと自分より他人。

       

      率先して人々の不幸や苦労を背負ったのです。

       

      自分が地獄に下っても人を助けたいと思うから、そういうことをするのです

       

      低い世界に住む人は、自分さえよければいいと思い、いやな生き方をします。

       

      だからその状況と精神の美しさに合わせて、住む世界が段別に分けられているのです

       

      自分がまず…と思わない人ほど、本当に美しい光が出るのです。

       

      今の世の人なんて、みんな自分がまず…と思ってるじゃないですか、だからダメなんですよ。

       

      低い世界に住むということは、すなわちそれだけ自分のことしか考えない人だから。

       

      不幸になるのは仕方がない。

       

      自分のレベルと他人は違って

       

      ずるい、とは絶対に言えないのです。もう必然的なものであって

       

      一つの力からたくさん生まれれば、そりゃ順序が生まれるわけだから差はできます

       

      ずるいも何も、自分がそもそも利己的だから悪いの。ずるいというような人だから悪い。

       

      その人がずるいのです。それをうけいれ、前を向かなければいけない、素直でないから悪いのです

       

      そういう人だから当然です。

       

      ずるいという前に自分が利他的な人にならなければいけない。

       

      そうなれば不幸は消え去り、一気に輝きだせるのは平等な権利なのです。

       

      早くそれに気づければそれも越えられるのです。

       

      最初つくってくれた神が愛そのものだったわけだから、だれでもそうなる要素は持っており

       

      それを見つける修行からのがれることはできない、これが真理なんですよ。

       

      天国に住む人は、自分より他人です。

       

      これができない人は、天国にはなかなか住めません。

       

      住めても時間がかかるのです。

       

      そして天国に時間は存在しません、永遠です。

       

      すべての出来事がすでにある世界だから

       

      その中で進化するとなると、すなわち残るのは状態の良しあし

       

      これだけなんです。美しいか醜いか。

       

      これが生まれてきた時の人の心を分けるのです

       

      美しくない魂は、長続きしないようになっているのです。

       

      それが利己性であり自分さえよければいいという利己愛なのです

       

      だから悟らなければいけないんですよ。

       

      自分が何のために生まれたか、自分とは何であったのかということをね。

       

      人は神の子です。

       

      神とは愛です。

       

      人も小さな愛です。

       

      その小さな愛を、大きく世界全体に広げるとき、

       

      神と一つになれる。

       

      このときまちがうことはひとつもありません。

       

      このほんとうの利他愛に目覚め、行動をし続けて永遠に幸せになる

       

      これが私たちのもともと与えられていた宿命であり

       

      誰もが輝き幸せになるために、苦労やすべての一切の経験は

       

      存在していることを忘れないでください。

       

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      人間は食べなくても生きられる?

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        不食をすることで人間は驚くべき進化を遂げるかもしれない。

         

        わたしはかねてから1日1食生活をしています。

         

        このあいだ記事にアップしたように食うことはしっかりと食うんだけど、

         

        最近より食い物を刻々と受け付けなくなっていってる。

         

        果物やチーズ一つで平気な日もある。

         

        飲み物だけでオーケーの日も。

         

        おなかが鳴らないし、むしろ気分がいいのよ。

         

        空腹にすることで、体の毒素が浄化されて、前より可愛くなったかもしれない笑

         

        ほとんど食品を食べに行ったり、食べなさいと言われない限り食べません。

         

        日によっては食わない日もあったり。

         

        もちろんいきなり体調を変えることにもつながるので

         

        だれにでも急にすすめることはしませんが

         

        ただ、私の場合ははっきりいってそんなにみんなみたいにご飯を食べたくないし、無理な体質なのです。

         

        でも、1日3食の日よりも、超小食のほうがすこぶる元気なのです。

         

        むしろ、食わないほうが行動もスピーディーになり、切れが良くなっている。笑

         

        3食の日のほうが体調は悪かったのです。重戦車みたいに重たくなっていた。

         

        いまも3食にしようとするのですが、すぐ吐き気を催してしまって、だめなんです。

         

        「これは食っていくと毒が溜まるぞ!」というくらいに

         

        こんなの食える人間はよほどの欲深い家畜なんじゃないかな…と思ってしまうほどなのです。

         

        幾度も食べていると、サイクルが出来上がってしまって、脳みそが、おなかが減ったよってサインを出す。

         

        そうして食べないといけないという状態に、ある種とりつかれる。

         

        それで3食食べないと死ぬ、という幻影に取り付けれている。

         

        さらに進化してゆけば、そういう必要がなくなる世になるのは自然なことです。

         

        世界中で報告されている、飲み物とか、青汁だけで生きている

         

        太陽や大気や宇宙のエネルギーを浴びて、

         

        それを体中の糧とする。そうして最低限の食品で生きている人々がいますが

         

        これからの数百年越しの時代では、人間たちは

         

        食事をすることなく、排泄物もなく、体中の細胞が一気に変化し

         

        老化や病気から解放されます。

         

        私の体の細胞も驚くほどここ数年で別人のごとく進化しているのです。

         

        まるで聖書の奇跡のように。

         

        ほかにもヨガを極めた人の中には、24時間研究員の監視カメラが働いているのに、トイレにすらいかず

         

        一切何も飲まず食わず数か月平気でいい来ていたというやつ

         

        あれもトリックなしでやり遂げていますから、研究者も"負けた"というやつですよね。

         

        科学の常識なんて、そんな鼻くそなんですよ。

         

        数年前東日本大震災の日、その前後から幽体離脱を数年繰り返し神さまの力をもらうようになってから

         

        祈りの力の延長でしょうか、私の顔の形も

         

        かなり別の人間のようになってしまった。

         

        長くあってない人からは、整形したのか?といわれるほど、驚くほど別の顔に

         

        そもそも人間は肉体を持つことを選んだ霊です。

         

        本来は、霊として生活できるように造られてはいる。

         

        ただ、その本質を発揮できないために今のような状況が起こっているのです。

         

        聖書とかである奇跡は、あれも霊的な力が物質を変化させる

         

        ほんとうの大宇宙の力なんですよ。

         

        だから、霊を極めた人間というのは、体も進化し、おどろくほどの奇跡が求めることなく起こるようになる。

         

        奇跡とは神が起こすものであり、人間がほしがるものではないのです。

         

        そういう悪意がない人に、神が自然に与え、そうさせる、自然現象の最たるものが本当の奇跡です。

         

        悪いほうの奇跡とは、たとえばなんもない空間にものがポンと出てきたり

         

        人が空を飛ぶんじゃないかというようなああいうのは悪霊がとりついている。

         

        人々の生活の在り方が変わるとか、無病息災で健康に全人類が

         

        生きられる世界が来るのは、それはほんとう"自然現象の延長の奇跡"としてあることだとおもいます。

         

        それは神が起こすものです。

         

        私も近くにいる人はみんな姿が若いんですよ笑

         

        みんな恐ろしいほど病気をしない。

         

        ケガもしないし、ぜんまいがかかったようなぴちぴちの姿を60代でしている人もいるし、

         

        生命の樹ではありませんがそういう力があるんです。

         

        新人類となるんですよ笑

         

        実際、そうなるとどれほどみんな幸せになるんだろう、そう思いますね。

         

        生活も変わるだろうし

         

        お金を稼いでも、食費以外のことに使える。

         

        食事も趣味じゃないけど楽しむためにやることに変わるかもしれない。

         

        どれだけいっても2,30〜最大40代くらいの外観をキープするようになりはじめれば、

         

        アンチエイジングも必要なくなる時代になるかもしれない。

         

        「そんなわけあるか?科学ではありえない!」という常識が間違っていることがあるんですよ。

         

        いままである程度統計を取って、それで妄信してるだけじゃないですか。

         

        例外をはじき、そうしている。

         

        例外の原因も見つめることも科学。

         

        常識というのは恐ろしく、みんなで教科書とかに乗せて、集団催眠にかかってしまえば、

         

        疑うことがなくなるんです。

         

        王様は裸だという人が一人もいない。

         

        それは大切な発想なんです。

         

        いきなりはそりゃ無理でも、さまざまな常識を覆す、180度逆の

         

        新しい人類の在り方がある。

         

        それをわたしは提案したいと思っているし

         

        これからの新しい世界(新天地)はそうなる、徐々に、人々の在り方も変化をし

         

        日本からそうなっていくだろう

         

        そう予見しているのですね。

         

        人間の寿命も数百歳も普通に出ます。

         

        生きながらにして霊世界に電話する如くいってきて、

         

        死んだ人たちと話して人生の方針を家族で会議したり、テレビで

         

        世界が会議したり

         

        そういう世界になりますよ

         

        まあ、その時はテレビがあるかどうかということですが

         

        とにかく、荒唐無稽で終わらせられない現実がそうなりえるということなんですよ。

         

        科学がこういったからこう、というのも自分が証明していないんですよ。

         

        科学を常識にしてはいけない、事実を常識にしなければいけないのです。

         

        その事実は、まだ私たちが知らないほどのものを起こすことが可能なのです。

         

        それを、見つけに行くことができるのです。

         

         

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        竜宮伝説の真相

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          天照大神は本来は「蛇」であり

          海の神であり、天から降臨した

          神の先祖だった。

          琉球は龍宮であり、

          日向の中心氏族からはじまった

          日下部氏はその竜宮の子孫。

          また、宮崎から東征した神武天皇は

          この人々、のちのヤマトを創った尾張族であった。

          邪馬台国にいたるまでの空白

          ここがすべてのはじまりだったのです。



          真の日本神話の神武天皇は

          日向の日下部氏だったことを

          先日お話ししましたが

          日向三代の歴史が、後世語り継がれる

          までになったのは、日本書記を編集した

          メンバーに、この日下部氏がいたから

          であることが最大の原因です。

          自分たちの竜宮伝説〜王子誕生を

          支配者たる側の物語として紹介する

          ことになったという裏があったのです。

          なにせ、日下部氏は隼人の祖先海幸であり

          また、本当の山幸である。

          負けたがわは素直に勝った側に従い

          賛美するしかないのである。

          どれだけ負けた人々は無念だっただろう

          どれだけ悔しかったろう。

          歴史はそういうものだけど、

          もしそれが真実なら、とんでもないことだ

          土蜘蛛といわれた尾張の人々は

          闇に葬られ、星を祀る古代王族たちは

          日本神話の悪神として、描かれた。

          またその一方の親族すら

          影の従役として歴史にでることはなかった



          龍宮神話の真相はこの龍宮の乙姫たる

          天から降臨した海族の語り継いできた

          日本神話の最初の王朝の

          「入れ替わり」にあったのでした。

          日下部氏の姓から正統に中島氏がはじまったことがわかっています。

          日下部氏〜海部氏

          尾張氏〜海部氏と安直に判断する人々がいますが、これは間違っています。

          日本書記の神話は日向三代で事実であり、

          すべての落とし穴は「王朝の入れ替わり」

          にありました。

          日下部氏は中の島(龍宮)に移住し

          いまもひっそりと

          確かにその伝説を護り続けているのです。

          そして最終的に尾張氏として枝葉の一族が分かれいまに至ります。

          このことを日本人が正しく知り

          解き明かさねば

          いけない時代になったのではないか

          そうわたしはおもっているのです。

          天空カフェジールにて

          0


            本日天空カフェジールというお店にいった



            店内はすごく広く、ひとつの世界観



            行く前にジールというと、シオンという言葉が浮かんできたが、横にシオンというお店があった。びっくり





            宮崎市内から、離れた高速道路を

            左に入り、田舎道をひたすら奥へ…



            山の頂上にある隠れ家スポット。

            すごくスピリチュアルに開けた

            こだわりのすごい、野菜をいただける

            カフェで、先に支払い長く美味しい

            食べ方のマクロビオティックを堪能できます。



            この食事のあり方は、新しいなあ

            と思いながら、専門書の数の多さに

            驚き。いろんな感性の宝庫。

            場所のだれもわからないのに人気

            という本物さがよかった。



            たまに有名アーティストのライヴや

            癒しイベントがあるので

            みなさん宮崎にきたかたは絶対探して

            ジールにいったほうがいい!

            というくらい、野菜が美味しかった。

            あんなに野菜が美味しいなんて、かなり

            レシピの参考になります。







            可愛いわんちゃんがいました。



            これからの生き方におすすめできる

            食事のあり方を感じました。

            ディナーショーや合同ランチなどが

            一番いいかもと思いました。








            ひ・ひ・ひみつの誕生

            0

               

               

              あした平成28年8月28日7時28分

               

              金星と木星が大接近します。

               

              金星はアマツミカボシの象徴です。

               

               

              (2018.8ここから下の文章はプロダクションTenzyutuに権利があります。転載And改変して盗用禁止でよろしく。)

               

              〜思い出せばこんなことがあった〜

               

              こんな神仏とともにいた

               

              平成8年のある夜だったー

               

              こども(だいたい五歳くらい)のころ、

               

              まるで思い出すかのようにこんな神様といっしょに無限大の黄金色のエレベーターにのって

               

              実家(高鍋町竹鳩)に降下してきた、そんな世界にいたのでした

               

              はっきりと今でも覚えている鮮明な過去の体験。

               

              天国の美しさは想像力では表現できないほどでした。

               

              「天国は人間の想像力では補完できないほど美しい」といいますがほんとうにそうです。

               

               

              エレベーターはどこまでもどこまでも広がっていて、

               

              そこには黄金色に光り輝く神仏がどこまでもどこまでも乗っていたのでした

               

               

              たくさん光たちがあって、それらがこんなの比ではないくらい

               

              高速で上下しているの

               

               

              ほんとうに表しきれないほどの美しく広い

               

              無限大に広がるエレベーター


               

              目まぐるしいまでの光の人がいっぱい乗っていたのです

               

               

              神様に約束を告げられて母のいる実家に降り立った私

               

              「おおかみさま(大神様)ありがとう」

               

              さいしょは五歳の子供だったので、おおかみってあのほえるおおかみ?なんのこと?

               

              とおもっていたのですがその直後、神さまのことをはっきりと思い出した。

               

              わたしは神様のその名前を知っていたのです

               

               

              〜平成8年8月8日の十字架〜

               

              その夜、うちの母は謎の夢を見ます。

               

              私と遊んでいると、私が遠くへ行ってしまいます

               

              母が追いかけると子宮のような道を通り滑り台をもぐっていきます

               

              するとそれが屋根裏部屋へと続いており

               

              そこには紫色と白の着物を着た女性二人が、「待っていたわ」と座っていらっしゃったのです

               

              「私たちはあなたの先祖の親戚よ。」

               

              といい、驚く母に、私の生まれた秘密について、こう告げたのでした

               

              「この子の生まれてきた秘密についてあなたに話しておく必要があることがあるの、どうか覚えておいて頂戴」

               

              「この神さまの十字架今平成8年8月8日の持っている数字としての意味が

               

              この子にとって非常に重要な意味になるから

               

              おぼえておいて」

               

               

              888の十字架が私の生まれてきた理由に関係している

               

               

              といわれたのです。うちの母はその意味を何もわからず、それを母子手帳とかピンク色の日記に

               

              かき示して平成8年8月8日の十字架の意味が、ともに関係しているのか…

               

              といいながら、20年後わたしに再びそのメッセージを母が棚から出して、これを忘れないでと言われた

               

              といってきたのです。

               

               

               

              私は幽体離脱して天に何度も行くことができる体質をもっておりなんどもあちらとこちらを行き来して、その情報を

               

              いつも発信しております。

               

              震災以降から、これからの時代を変えるため、そのエージェントを向こうの世界からやらされている

               

              「神が社長なら貴様は経営部長だからすべての人々を救う教師となれ」

               

              ということで今こういうことをやっている。

               

              そのため皆さんのためになる情報を

               

              たくさんお届けしてゆけるのです。

               

              そういう使命がある

               

              「新しい"こころ"の時代は、日本から始まる」

               

              こころのリーダーが日本になることで

               

              みんな救われてゆくんだ!

               

              それをこころにひめて

               

              日々を超えて

               

              もういちど天とともに歩む、命が生まれた

               

              新しい一生をこれから始めてゆけそうな気がしています

               

              日本の新しい心の文化を

               

              つくる者になってゆかなければいけない

               

              そうわたしの今現在の本格的な目標です。

               

              そういう使命を神から、今世紀唯一託されている

               

              ただひとり、これからいろいろ信じられない出来事が続出してきそうな予感がするね

               

               

               

              JUGEMテーマ:スピリチュアル


              隠されたスメラ道

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                天皇家よりも最も古い一族が尾張である。

                 

                尾張は中島〜海部と別れていまにも愛知から全国域へと息吹を残している。

                 

                天皇が今の実権を持つ前から、古代悠久のヤマトを支えていたグループが存在していて、

                 

                邪馬台国から大和朝廷までの空白の時代の出来事

                 

                政権交代が行われ、神話が引き継がれたということの証拠はたくさん見つかっている。

                 

                歴史的に研究をしていけば、日向に存在していた豪族で日下部氏が最も古い。

                 

                日下部氏はのちに児湯郡に拠点を張っていたが、

                 

                天皇家の家来的立場にならざるを得なかったという。

                 

                天皇家は土蜘蛛と呼ばれる尾張族関連の人々を葬ったという

                 

                星々を祀って海を渡った人々は幾手に分かれ

                 

                中央の土地で大和の本質を創造した

                 

                その中心的な氏族だったグループは朝廷に敗北しその結果神々の物語そのものを譲らなければいけなくなり

                 

                強者に従う形で屈服し、悪の神として最も大切な場所は封印された。

                 

                一説には海幸の末裔でのちの隼人だからか

                 

                日下部氏→中島氏→海部氏→尾張氏というながれで、

                 

                海族は日向から大和へ東征していった。のちに天皇家の家来となり、

                 

                本来持っていた天孫降臨の神話を日下部系列のものが日本書紀編集にかかわったことで

                 

                その神話が主体となり、海族の神話がサメと天孫が交わり天皇家の出生秘話として語り継がれるようになった。

                 

                その背景が、海幸の敗北であり山幸彦の勝利である。

                 

                山幸彦はもともと海幸彦と同一人物であり、入れ替わる必要もなかった。

                 

                のちに入れ替わる事態が起こったから兄弟と言う設定にしなければいけなくなって

                 

                その流れがややこしいことになったのである。

                 

                天皇家の神話は、兄に勝る弟たちの物語である。

                 

                大国主もお兄さん達をこえて、ニニギの子孫もニギハヤヒの前に立ちはだかり

                 

                山幸が海幸を下し、だが、たどるとどうやらそれらは同一に近い存在であり、のちに分裂させられただけだったことがわかる。

                 

                1を超える2の物語。順序すっ飛ばし。どうもそこには裏があるということ。

                 

                その子孫が日下部氏でありのちの海部の一族である。

                 

                本来の天皇家は、この尾張族、竜宮一族そのものだったのである。

                 

                現在の皇室、そして並びに天皇家ではなかった。

                 

                つまり、ほんものとはいえないということである。

                 

                これが有史はじまって以来の日本国最大のタブーということなのだろうか。

                 

                国体上こんなことを言うのは阻まれるし、とても失礼なことを言うけれど

                 

                でも、事実長年調べた結果、やはりそうだった。

                 

                すなわち、神武天皇は日下部氏系列の尾張族の人である。

                 

                のちに日本書紀改ざん(平安時代)の時、実にうまい書き換えがあったのである。

                 

                元伊勢籠神社の祀神ヒコホホデミノミコトは山幸だが、書記改ざんの後の年に祀神がホアカリノミコトに代わっている

                 

                (諸事情)ということだが

                 

                古代朝廷から圧力をかけられ、ほんとうの皇統が発言できなかったせいであろう。

                 

                時代は強いものの勝利である、そして、強いものの正義である。

                 

                しょせんはそういうことである。

                 

                それがのちの軍国主義にまで流れる万世一系神話となり、日本国の敗戦となった。

                 

                時代が時代だったから、それはどうしても仕方がないことではあった。

                 

                これはだれがおこしたわけでもなく、そもそもの時代が生んだ悲しい事実なのかもしれない。

                 

                もちろんほかにも、物部氏などの伝説もある。

                 

                物部氏さえも、やはり研究家たちの入念な検査によると

                 

                川南都農一体の古墳群、高鍋町当たりより

                 

                物部氏のルーツは一つでは宮崎県と言われていて

                 

                この可能性も明確になってきている。

                 

                どの道尾張族にせよ大和発祥というのはどうしてもあとあとでの神話であるとしか言えない事態になる。

                 

                そもそも古代日向とはプレ国家体制をなしており、それそのものが小さな国だった。

                 

                邪馬台国に関連のあるものが西都原に存在したことも事実といえる。

                 

                ほかの場所よりも今の東京みたいに人口密集率がすさまじかったのである。

                 

                中途半端な学者たちのわけのわからん言い分はあきれてしまうものが多い。

                 

                みな自分たちのご本家での伝承やものがたりを主張したいのかは知らないが、

                 

                いちおうしっかりその土地に住んでいる人々に聞きまわり、グラフを完ぺきに取り、

                 

                幾度となく向き合ってから見なければいけない。これが自分の主観以上のものではないのではないかとか、

                 

                これが整合性ある真実かどうか検証せねばならない、そして再び土から上がった世界観と出土したものを見よといいたい。

                 

                みんな論理的ではなく自分の説にかじりついていて意地を張っているだけに見えるのである。

                 

                いちおうちゃんと接点を図表を引いて確かめろ、そっからちゃんとえこひいきのない目線で見てみろというのである。

                 

                勝手な説、にせの論評、事実認証の取れない俗説邪説、

                 

                勝手な妄想も過ぎるものがほとんど

                 

                それで事実をクリンナップしてから本にしていただきたいものである

                 

                言いたいことだけ言ってほったらかしにしていたら、それもカルマになるのである。

                 

                それで面白いことに南九州、琉球〜鹿児島〜最期は日向あたりから

                 

                神話のモデルを創造した一族が確かにあって、

                 

                どのみち我々はそういう体系を組んだ神話を語り継いできた人々の子孫であることは誰にも否定できない事実なのである。

                 

                これを否定するさまざまな説は、もちろん中には有力なものもあるが、すべてが本物ではない。

                 

                やはりたどり着く場所は一つしかないからである。

                 

                よほど見識が浅いか、人の言ったことを真に受けてるだけで、自分から土を触りに行こうとしない

                 

                無責任な人々の想像力の結果の産物、まったく事実を知らない人々としか私から見たらいいようがない。

                 

                だから勝手な都合のいい邪説を堂々と自分のブログとかに掲載して懐に入っているファンとか

                 

                アマチュア研究家とかが一番私は嫌いなのである。そういうのをあおる自称能力者も左に同じという。

                 

                もちろん様々な説があることはいいと思うが、

                 

                もうちょっと発言は慎重にしなよといいたいのである。

                 

                もっと気が遠くなるほどの時間をかけて、徹底的に調べぬいてから、そしてそれ以外ないというところまでやっていないで

                 

                自論だけを述べるのはあまりにも精神性が幼く、本を書く人のやることではないといえるのである。

                 

                竹内文献も同じである。あれも切り捨てることはないが、かなり本物ではない、事実と違ったである部分も多い。

                 

                しかし、20パーセントに満たないが、参考になる個所

                 

                見るべき部分も確かにあって、それこそ口伝やオーバーな物語を使って

                 

                事実を裏にカモフラージュしなければいけない部分が多かったものといえる。

                 

                基本的に語り継がれた物語というのはそうで、オラシオンがキリシタン内でおらしょになるのと同一である

                 

                それで後世分派して一つにまとまらないのはあきれた話である。

                 

                "そういう文化だからそれでいい"と思えばそれでよいのだけれども。

                 

                そして日本書紀とか古事記が言う記紀が真実とも私は思えないが、

                 

                しかし本質には存在した物語がその土地で存在していたものとして今に伝わっていることは本当だと私はこの目ではっきり見た。

                 

                見たものを言っているのだからそれにウソがあることはない。

                 

                そしてそれ以外の古文書も世界にはあまたあるが、参考にはできても解釈や表現が時代で異なるから

                 

                すべてが真実では決してない。

                 

                あともうひとつ、日月神示とよばれる神示などは基本的に真実に近い書だといえる。

                 

                もちろん読み手によって数通りかなり見る世界が変わるともいうが、筋が一つしっかり通っており

                 

                正しい能力者なら一瞬にして解読が可能な書である。

                 

                それについては大まかにはウエツフミ ホツマツタヱなども同様である。

                 

                中にはとても謎のヒントを解くことのできる文章が存在するという。

                 

                高千穂の峰はニニギが神上がったという話もある。

                 

                ニニギでなくスサノヲが霧島に降臨したというものも。

                 

                それぞれの書のメッセージは一つまとまらないものも多い。

                 

                だが、私が皆さんに話したいのは、最期の一つのまとめはあって

                 

                それぞれの違いを潜り抜けつつ最期は自然に統一されていくんだよということ。

                 

                実際に本当の真実は一つしかない。

                 

                一つの真実あっての多様性。この二つの仕組みを事実として見ることが大切なのである。

                 

                多様性だなんだとぬかして、世の中が氾濫してまとまらなかったらそれはそれで

                 

                とんでもない獣のような世の中にいつかはなる。

                 

                自由の代償とはそういうものである。多様性と言える前に、感謝するべきものは?

                 

                それは一つの神しかいない。

                 

                そうなるとやはり自然に人の心もお天道様にまとまるの。

                 

                大和からいきなり天孫がポンと発祥した話でなく、やはり物事には順列が存在していて、最初は南九州である。

                 

                それから筋道である。すくなくとも日本のモデルたる奄美大島が存在していることから、

                 

                そこに近い鹿児島と宮崎県の日向に謎が隠れていて、そこに救いのきっかけがある。

                 

                都会にいる人は認めたくない人もいるだろうが、そういう個人的な問題じゃないのである。それが本当の答えである。

                 

                きたない枝葉をぽきぽき見破り、正しいラインに結びなおす引き締めの役割が私にはある。

                 

                どれが本物であり、どれが偽物であるか、しっかりお審神者できる基盤を確保することが必要である。

                 

                今の天皇家を否定する人のメッセージをみていて

                 

                天皇家を否定するから日向を否定するというものがあるけどそれは大いなるミスがある。

                 

                正しい神はそんなことは言わない。

                 

                まず、正しい神の系統の方が、ちゃんと東国原知事に天の岩戸でメッセージを届けていたから

                 

                その本来の系統については、日向からはじまったのである。それは認めなければいけません。

                 

                そうして事実論証として存在するものも

                 

                天皇家に追われたといわれる尾張族は、日向からはじまっているからである。

                 

                そこを自称研究家と称する人々は調べていないのである。そして天孫降臨の神話もやはり彼らのものでということが

                 

                しっかりと事実の証拠も出ている。なんともあっけらかんな答えであるが事実である。

                 

                ちゃんと、証拠が出ているのである。だからそういう詳しいディティールの研究をしていないど素人で、

                 

                自分たちの課題として真剣にうけとらえていない評論家気取りで偽物のもの好きたち、

                 

                変人たちがこぞって陰謀だオカルトだってサイトを立ち上げて騒いでいるけど、それは書籍化するの?

                 

                どことおすのって聞きたいし、

                 

                何かへんなものに憑りつかれてるんじゃないの?と私は思うことさえ多い

                 

                宗教家でも、かなりミスが論説にあるようだ。

                 

                もちろん私もわかったかのごとく発言する気もありません。

                 

                だけれど、偽りや隠ぺい工作なく、出ている古代の骨や出土品や土地そのものの神話の流れ、

                 

                すべては事実として私たちに一つの真実を突きつける、

                 

                これを無視して、何が一説だろうといいたいのですよ。

                 

                たとえば日月神示の答え合わせの一つで

                 

                いうなれば、高千穂の峰は二つの大きなエネルギーの降臨があって、一つは富士山。

                 

                もうひとつは日向の本当の高千穂の峰である。

                 

                富士山も高千穂の峰としてのエネルギーが存在していたのです。

                 

                だが、ほんらいは鹿児島と宮崎の中間にある高千穂の峰、あそこに生命の樹である(ニニキ)

                 

                天の逆鉾があるので、そこに意識を向ける必要があるのです。島津家の存在もね。

                 

                あと開聞岳。池田湖。どちらも重要な場所なんです。

                 

                これらの存在意義は同じであるが、隠された本物は日向にある。

                 

                大庭のひむかのニニ(フジ=不死)とは、そのことを言っているのである。

                 

                これをみな表面の神典研究家たちの解読から、富士山だと誤解しているようだが、違う違う。それだけではないのです。

                 

                神の山と言われる場所は、みな高千穂の峰的パワーを持っているということである。

                 

                すべてにおいて神の山に意識を向けること、そして

                 

                その皇統的エネルギーの初発を探せということ。

                 

                全人類、とりわけ日本人全体に向けられたメッセージだからこそ、そういう表現となっているのです。

                 

                奥までギミックを解き明かして、そこで証拠をつかまなければ解けないのです。

                 

                正しいところを通った霊能者でない素人さんにはたとえ研究家でも無理です。

                 

                大庭とは、宮中や宮殿などでの大きい土地の前の場所のことである。

                 

                宮崎とは、そもそも宮の先、埼ということであり、この意味である。

                 

                神の米が出るとは、霧島山ではそういう霧島七不思議という

                 

                奇跡現象が起こる。神の米がニニギの山からたくさん出てくる。そういうことである。

                 

                天照大神は男性の神だった。

                 

                これは尾張族に受け継がれたほんとうの伊勢の神だったが、天皇家に封印されている。

                 

                そのため元伊勢が存在し、伊勢は都になかったのである。

                 

                ほんらいは尾張族が祀った神様でありのちに女性神として日本の親神様となったのである。

                 

                まあ厳密にいうと、アマミキヨの時代から性別については変わることもおおかったが、

                 

                本来海から降臨してきており、中央では男性の天の神として

                 

                太陽を神格化した神として国津神と天津神を集合させた絶対神として祀られていたことがわかります。

                 

                日本の神様が、一つの神様だったのです。

                 

                ですから、ユダヤ教と同じですわね。キリスト教のような。神はヤハウェであり、主はおひとりである。

                 

                だがそれらがのちに観念的に神道の発生とともに分裂し、多神教となる。

                 

                しかしそれはかなり後になってからで

                 

                本来イスラエルと酷似する一神教です

                 

                もともと日本という我が国は、天孫族でありながら、のちの文化発生でイスラエルとの関連性もあることがわかっている。

                 

                イスラエルは神の選民である。直系と大陸移動系である。

                 

                そんなかんじだが、その文化成立の際に、預言者イザヤの存在が海をわたり日本神話に影響を与えているのである。

                 

                イザヤは(神の救い)という意味だが、日本神話の最高神であるアメノミナカヌシをはじめ、

                 

                主に出てくるイザナミとイザナギも事である。二人は夫婦だったが、のちに対立し光と影ができる。

                 

                これらが約束の日手を取り合うことが岩戸開きと言うが、

                 

                最初菊理姫が二人を謎の言葉で仲裁させ、

                 

                イザナギはこれをほめたたえたという

                 

                「神の救いをほめたえる」これがイザヤの本当の言葉の意味である。

                 

                イザヤはイサヤとなり、イエスキリストの名ともされた隠れた逸話もある。

                 

                イザヤを分解した男女の神がイザナギ、イザナミである。

                 

                これらはナギナミと呼ばれてありイザヤという一つの神の名をほめたたえる言霊が分裂したのだ。

                 

                神は言葉である、言葉は神である。言霊を笑ってはならない。

                 

                滝行ばかりやって本来的な精神の学びの普及に力を注ぐこともできないような業者とかはほとんど偽物です。

                 

                自分の宗教を奪隊したら祟りが起こるというような宗教家も偽物です。

                 

                ほんとうに信仰心にめざめられた人は、絶対に宗教にはいりません。私は宗教が死ぬほど嫌いです。

                 

                もちろんアンチ宗教ということはないんですが、宗教になると、絶対に排他的になるからです。

                 

                自分たちの宗教さえよければいいと思う人。そうじゃないでしょう。

                 

                すべての人さえ良ければいい

                 

                すべての人さえしあわせになればいいという思いで行動するのが神の意志なの。

                 

                神は曲がったことがお嫌いです。

                 

                そんなものもわからない宗教家は、いますぐ自分の宗教をつぶして一からやり直しなさいという話なんですよ。私は信じません。

                 

                宗教でもいいものと悪いものがある。そして入っても自己確立ができていればそれで入る入らないは関係ありません。

                 

                あの世に宗教はないからです。

                 

                私も基本的には活動はただでボランティアに近い感覚でやるものかなとおもう。

                 

                金銭も必要以上に要求する奴は偽なのよ。

                 

                それ以外のシステムをつくってそれで稼げばまかなえ運営できるはずでしょう

                 

                だから、宗教家っていう時点で、「アッ嫌い」となる。

                 

                それか、嫌いじゃないけど、話が分かる人だといいなということ。これはその人の魂の柔軟さです。

                 

                本当に魂が柔軟なら、宗教心を理解はできますが、あくまで心優先で入信はしないのです。

                 

                宗教に入ってるからどうということはないけど、でも、そこにあまり偏りすぎないほうがいいかなとは思うのです。

                 

                個々人の問題ですがね。根本の気持ちです。それさえ守れていれば、入っていようがいなかろうが、それでいいんだよということ。

                 

                これから先の時代すべての宗教は撲滅されるし、それでいいんじゃないのと思っています。

                 

                スピリチュアルカウンセラーというものも偽物が跋扈しているけど、すべて消えます。

                 

                霊能者という存在も消滅するでしょう。

                 

                人間そのものが進化して、能力を駆使できる時代が来るのです。

                 

                すべての人々が、一つの神のもと家族となって、能力者化するのです。

                 

                能力者が特別と思わなくても、だれでも神やあの世と一体化して日常文化をつくる世の中が来るからなのです。

                 

                迷信でなくなるということよ。テレビやラジオやネットも今のものと変わり

                 

                あちらとこちらを皆が行ったり来たりできるシステムが開発されて

                 

                世界の大変革が行われるのです。それが新天地です。

                 

                ある宗教家が、宗教を世界から一つ残らずつぶすといって

                 

                計画してまず自教団の施設をダイナマイトで爆破されて、それが引き金となり世界の宗教はつぶれることを

                 

                予言していたことを私はこれこそ本物だとおもいます。

                 

                そういう気概でなければ、本物の宗教家ではないのです。戒律を押し付けるものは偽物

                 

                わたしも霊界や神界に行って数年間あらゆる情報を神から教えてもらっていますが

                 

                それらはやはり到来します。だけれどもむずかしいことはみなさんに言うことはできない。

                 

                私のキャラクターがどうしてもこんなに個性的で明るいので、誤解をかってしまいがちなんですが

                 

                本来は、とてもリアリストで物事を見るくちですし、

                 

                ―ゞ気靴未曚病膩い∪蠅ぅ好團螢船絅▲襪気蕕砲Δ錣泙襪曚彪いJ个蠅垢た考え方も嫌い

                 

                い劼佑れた学のやつ嫌いチ把召犬磴覆い笋跳い

                 

                の五拍子です。あまりそこまでいって考えているスピリチュアルにありがちなふわふわした人々とよく混同されるから、

                 

                はっきり言って迷惑ですね笑「おいちょっとまて」とおもうのです。

                 

                なんでそういうレッテルを張るの?人のことちゃんと見ていないの?というのです。

                 

                もうちょっと、踏み込んで精神的に人のことをみていただきたいなあと思うのです。

                 

                まあまじめすぎる顔をしていても真実が伝わらないし表面的には大勢の人に言う戦略をしていないと

                 

                ということでこういうキャラクターをやっているわけですが、濃ゆい話題もガンガンいけるので

                 

                むしろ人より上を言っているつもりなので笑 それはなめてかかるとおもしろいとおもいます。

                 

                コミカルなキャラクターで行くことで、もっとなるだけ多くの人に覚えて知ってもらえるし、それで一網打尽に精神を届ける

                 

                ことで結果として広まるでしょう。ただ真面目な顔してネクタイを締めて語ることもできますが

                 

                それでは美を届けることも、人の心を活性化させることも

                 

                あまりに心に残るものがない。味気ない。

                 

                本当に霊的なものとは極彩色で(透明の時もあります)霊感を活性化させる

                 

                アーティスティックなものなのですよ。世界の画家の作品を見てみなさい

                 

                ピカソやシャガールの絵はみんな個性的です。

                 

                あれは天国にいる守護霊や霊団の通信を得てそういう彩色になっているのです

                 

                そして霊界には豪華な宮殿や建物

                 

                色とりどりの草花や圧倒的に美しい世界が存在しているのです

                 

                見ているだけで幸せな気分になります。

                 

                だから私が不細工なおじさんで、グレーのスーツにくさい吐息で

                 

                学校にナマズのように入り、三時間くらい講演して心の大切さを眠たくなるように

                 

                暗ーい提灯のような顔で、延々とお説教みたいに話すことはできても

                 

                それを見る人の気持ちになってみなさいよ、いやでしょう?そういう人に失礼ですが

                 

                それよりはもっとフレッシュに明るく楽しく

                 

                前向きな気持ちを届けることをしながら、心に残ることをやり

                 

                誰であってもわかる、子供でも覚えてくれる、

                 

                万人向けで、本当はそんなに難しくはない、簡単な世界観

                 

                でも足を踏み込めばどんな年齢層、マニアでも一般の方でもわかってもらえる

                 

                学者でも納得がいくリアリズム

                 

                それを届けることが私の狙いであり計画なのです。

                 

                万人向けをつくるのです。

                 

                そのためにはマスメディアを利用したり、まつ人がいかないところに行ったり

                 

                そういうことをしてまで、全体を救うためには頭脳戦で戦わなければいけないことがある。

                 

                なんか最近やけに明るい変なのが出てきた

                 

                とか庶民は思うかもしれませんが、同じ世界の人にも言われるかもしれないけど、

                 

                それははなはだはらだたしい誤解錯覚ですが

                 

                本物といわれる人は理解できる人は多いし、私も仲良くしています。

                 

                世界的に今後数十年の視野で世界を一八〇度変えるために活動していくことが必要と考えているのです。

                 

                そういう算段なのです。ですが

                 

                私の外見だとか表面的なところしか人は見ていないんだなと思うと

                 

                ちょっとそれはおかしいだろうと思うのよあまりにも低級な見方というかね。

                 

                人をあまりに見かけで決めつけるなと言いたいですが、まあそれらは長く付き合ってくれた方なら

                 

                ともくんの言いたいことはわかるでしょう。

                 

                謎とされているそのことを私は知っています

                 

                ですがこれは一般的に公開されていること以外では言えないんですね。

                 

                どれだけ有名な人にお願いされようが、お金をもらおうが

                 

                命を引き換えにしようとも無理。

                 

                これは人類全体の命運にかかったことだからです

                 

                多くの人々がそういっても、信じないでしょう。

                 

                人の目がその程度であり節穴だからです。

                この世の中の多くの評論家や研究家たちも相手にしていません。

                 

                穴ばかりの発言の人がほとんどだもの。

                 

                また多くのメッセージも

                 

                神の世界は厳しくて決まりがあるから、みんなに教えることはできないのです。

                 

                このすべてをみんなが知ってしまったら、大騒動になり

                 

                絶対に

                 

                世の中がとんでもないことになります。

                 

                だからこれについては半分墓場まで持っていくつもりです。

                 

                また軽々しく口にしてはいけないのです

                 

                おしえてやんないもんね

                 

                いししのし!

                 

                 

                JUGEMテーマ:スピリチュアル


                幸せな人の条件

                0
                  いま、世の中に笑顔が少なくなって

                  きています。笑顔でいられない人は

                  家庭環境に問題があったり

                  仕事や育児や恋愛やすべての

                  人生がうまくいかず、関わる人から

                  嫌われる末路を辿ります。

                  それでなお笑顔がなくなる。そんな不幸な

                  人にくらべたら、幸福だから、私らは

                  笑えるんですよ。

                  「笑顔は心の勝ち組」です。

                  笑顔は他人を幸せにするし、自分も

                  温かくなる。だからあなたは笑顔で

                  よいのです。どれだけみんなは

                  そうでなくても、それはしたくても

                  幸せでない人びとだから

                  笑う自信がないのです。

                  奪われたら、「与えてやった」と

                  得意になりなさい

                  貶されたら「あなたも

                  幸せになりたいのだな」とおもいなさい

                  嫌われたら「去るもの追わず、

                  来るもの拒まず」

                  柳に風です。

                  相手が不幸でも幸福でも、自分がそうでも

                  それは互いに自分の責任です。

                  「だれかのせい」ではないのです。

                  自分であるきなさい。

                  なにも気にせず、みんな笑顔で

                  やっていきましょう。

                  神様は素直な人は大好きです。

                  何でも応援してあげたいと

                  おもっています。また、笑顔な人も好き

                  わたしもこれからもいつまでも

                  かわらないともくんであれたらなと

                  おもったりしました笑

                  はなったけ〜!(でた!)


                  尾張族のおもな各系統

                  0
                    基本的に美濃尾張を平定した

                    古代尾張族は、さまざまな人びとがいたと

                    される。

                    研究者や一家代々の伝説も存在するが、

                    基本的に同一の(龍宮信仰)をもち

                    男性の天照である天照国照彦

                    を一族全体で祀って一大勢力

                    (プレ・ヤマト王朝)を創造していたという

                    邪馬台国などもこのラインに

                    加えてもいいだろう。

                    その証拠に彼らが築きた足跡には

                    邪馬台国の存在説がある

                    それはすなわち、実際あったことに

                    他ならない。事実は事実として

                    認めてよいのである。

                    尾張族の系統、縁起を詳しく

                    つかめていない人びとは多いと思うが

                    各地祀神の神話も取り入れながら

                    事実の血脈、系統の存在を

                    本質的にここで紹介する。



                    (九州・日向地方)

                    日下部一族(龍宮信仰をもつ日を奉じると言われる一族。海族の代表海幸〜子孫、その他各地でさまざまな接点物語をもつ。日下部一族の分家に朝倉、中島一族がある。)

                    (美濃・尾張 伊勢湾 中の島=龍宮)

                    中島直(本家)

                    (はるか紀元前よりもはるか昔数千年前に伊勢湾の中の島=龍宮に上陸、尾張国を、開拓し神々と創造した中心氏族、初期の尾張国造といわれる。日下部一族としての物語が浦島太郎として丹後まで受け継がれるのはこのためである。祀神を天津甕星(あまつみかぼし)またの名を天背男命に関連する。この神は日本神話で唯一の星神であり、天孫降臨の直前 最も抵抗した悪神と書かれる特殊な存在である。実際には海族として尾張へくるまで、それ以前から航海に関連する存在だった星神を祀る古代豪族の存在を、被支配後悪に描かれただけといえる。明けの明星・金星・一説には北極星〜オリオンの3つ星に関係する神とも。封印された神ともいわれる。また尾張の古代遺跡も発見されいまなお祀られている。尾張国総社を司る。)

                    海部直(分家)
                    (のちに尾張国造だった尾張大國霊神社から分家し丹後に移動、独立し海部直として元伊勢籠神社を紀元〜600年代〜それ以降に創建する。800年代に書かれた家系図は
                    日本最古のものとして国宝に指定されている。)

                    尾張氏
                    (各地に散った、尾張国の氏族。
                    最古である尾張族の海部系図に“海部”から分家した一族である、とはっきり位置付けられている。尾張族のコミニュティで奉られた天照国照彦を代表的神として知らしめる。年代的に尾張氏はあくまで後の氏族、すなわち分家であり、総社である尾張大國霊神社に信仰の拠点があったことから、中島〜海部氏の一族の存在が基盤となった一族と言えるだろう。そのため、熱田神宮に海部氏との関わりが見受けられる。注意していただきたいのは、尾張氏からは、絶対に海部氏は分家していないということ。尾張大國霊神社は隠れた本家であり、歴史が尾張国の他の神社と比べ物にならなかった。従ってまず中島→海部→尾張の順で尾張国を平定したことは神社の存在から明らかである。)

                    ほかにもニギハヤヒに関しては物部氏
                    など多数のグループに別れている。



                    南九州から尾張族は龍宮信仰をもっており

                    独自の“天孫降臨”の初期神話をもっていて

                    これらが存在する古代王朝をヤマトに

                    創建していたことが伺える。

                    尾張大國霊神社の天下の祭り(はだか祭り)

                    は、イエスの磔刑のシーンを

                    日本で再現また暗示したものという

                    研究者もいる。

                    一人の神男に一万の人びとが世の厄を背負いはらってもらうべくもみ合う。

                    真の尾張国一宮で、それが隠され

                    イエスのはだか祭りの暗示になり、

                    総社の働きをするようになったという。

                    中島氏は数千年前に尾張国に到着し

                    こちらの宮司をした。

                    尾張国一宮とされる真清田神社も神社改革によりのちに創建されたらしく、真の最古の鍵を握る神社なのです。そのためにそこには尾張国唯一の元伊勢(中島宮)が存在しています。天照の鏡を一時期置いていた神社です。尾張国→伊勢に入る流れです。

                    海部氏ももとは中島一族から

                    分家した人びとであった。

                    古代遺跡も発見されているわけだから

                    日本で最古の一族である。






                    必要な差別はある。男女平等はいきすぎれば問題

                    0
                      女は下。男は上、

                      差別があるから平等は意味をなすの。

                      これを現代人はしらねばならない。

                      男女平等はいきすぎれば悪になります。

                      だからわたしは男女平等をあまり

                      何でも認めていないんです。

                      差別は必要なのです。

                      差別があるから働きがある。

                      不当な差別は悪ですが、

                      存在論としての差別をなくせ!

                      ということは、男女単一の性別になれ!

                      といってることなんです。

                      そんなの無理でしょう。

                      人間さまの理屈や願望でこしらえた

                      理念みたいなスローガンは、偽善なのです



                      男と女は違う。

                      女にはムリなことがあるもの。

                      男にもそう。

                      やっぱり女性というのはどうしても

                      男性より力差がないし、友人とかで

                      精神的によい人は本当によいのだけれど

                      内心は腐乱してみるに耐えない

                      ものを秘めた人が多い。

                      まだ男性のほうが裏表分かりやすいから

                      話しやすいですね。

                      女は他とうまくやる力があるから

                      これは素晴らしいんです。

                      だけど、一度その悪い面が前に出たら

                      その実体は汚い。ホラー。

                      単純に善悪分けたら

                      男が善(光 縦 火 人) 女は悪(闇 横 水 獣)

                      またそのうらに男の裏に悪

                      女の裏に善

                      とあるんですけどね。

                      男の人がもっと世の中を引っ張っていく

                      べきなんです。

                      また、女の子はもっと男をサポートしたり

                      引き立ててあげる役にまわって

                      自分はあまり前にはいかない方がいい。

                      そうすると男性は感動し

                      女性を立てるようになります。

                      男女平等も、ちょっと悪平等で

                      女性たちを理性的でない

                      愚鈍で傲慢な生き物にしてしまう

                      そんなシステムかなとおもいます。

                      女性は、引き立て役が似合う。

                      リーダー役は男性。

                      差別は自然界にある法則だから

                      これが公平なことです。

                      女は男と同じでなければならないって

                      同じ性質をもってない存在が同じに扱われたら、ずっと朝、ずっと夜のように社会はバラバラに破滅しますよ。

                      ヒステリーにやたら強気の女性は

                      男女平等をさけぶだけのひとがいますが

                      そういう人は男性や子供には

                      あまり優しくない

                      敵対者に礼節を尽くせない嘘っぱちの人

                      大方言い分屋なだけのことが

                      ほとんどです。

                      女性は女性としてのときは欲があるから大概悪い。

                      女性は母親になるとき善になる。

                      素晴らしい存在になるのです。

                      男性は父親であるときに最良のものになる



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