変わらない真実

0
    悪人よりよい善人でありたければ、

    どこまでも善人であり、

    どこまでも悪人よりも

    壮絶な覚悟を

    持っていなければならない。

    いい人やお人好しはいつも悩みます。

    自分より他人のことを真剣に考えるから

    でも、そういう人ほど(圧制する気迫が大事)といいたいのです。

    例えば世の中の悪人なんて、みな自分のことばかりで、本当に他人のことを省みません。

    なま易しく笑顔で関われば、漬け込まれる

    こともある。だからこそ、それ以上の意識で、乗り越える勇気をもちましょう。

    黒が来ても、白でいる。これは勇気が必要です。

    正しい道なら、正しい自信を持てばいい。

    わたしは、自分が正しいのではなく、

    神様の道をやっているからこそ、

    「これは正しい」と実感して話を聞いてやっているんです。

    神様は宇宙の正しさであり、真理です。

    間違いがあり得ないからこそ、

    神様を信じ、自分にさせていただくことをすること。これが動かない自信の秘訣です。

    どれだけ否定しても、草木が緑なように

    空が空なように

    大地が大地なように

    あなたはあなたであり

    わたしはわたしなのです。

    ほかに代わりがいない。絶対的な真理がある。真理とは、そういうこと。

    だから真理を信じていればぶれないし、

    ぶれるとかぶれないとか二択ではなくなる。

    間違う道は滅び、正しい道は生き続ける。

    それが宇宙の真実なのです。


    すべてのものには中心がある

    0

      神とは

       

      主の神は1柱 出現神は八百万

       

      神霊は無限大となり霊魂を創造し

       

      霊魂がその次に来る

       

      霊は物質を備えて人(霊止)となり

       

      それが人間となる。

       

      すなわち、中心の主の神、絶対力は一つだけしか存在しないし、永遠に、これからも無限に

       

      時空間を超越して"おひとり"である。

       

      キリスト教的な神観と日本の多神教的神観を私は持っているのですが

       

      これは両者とも和合させて持つべきポイントなのです。

       

      東洋(日本)と西洋(イスラエル)、これらは両者一つにならなければいけない。

       

      なぜならば、それが真実だからです。

       

      縦だけでも、横だけでもいけないのであって

       

      日本の多神教も多くの良いところも間違いもありますし、イスラエルの一神教にもそれはあるのです。

       

      どちらも良い部分があるので、それらを結ぶこと、これがたいせつなのです。

       

      神観についても、近代の哲学にはなかなか本質の神的な視野から見た

       

      霊性を向上させる視点が欠落しているところがあると私はおもいます。

       

      それは当然といえば当然のことです。高級霊のメッセージや霊界通信は各地で送られますが

       

      一番最初に大切なことは、古来の日本の神の精神性を取り戻すこと、ここに尽きます。

       

      地球においてはその他の海外ではなく、日本に存在していた歴史でなければ絶対にいけない理由があるのです。

       

      心は国境なく同じですがね。皆、同じであることの意味を誤解している人がどうも多いような気がします。

       

      おなじって、スライムのようにわけわかんなくなって、そうなったら世界が成り立ちません。

       

      宇宙にはちゃんとした人間の心では想像できないようなスケールで仕組まれている図面があるんですよ。

       

      それを知り謙虚な気持ちになって、その神様がおつくりになってくださった

       

      現実を知らなければいけない時代になっていると私はおもいます。

       

      それぞれ神の子でああり平等ではあるけれども、存在に違いはあって、

       

      それぞれ最初の発動者から創造された存在であることに変わりはない

       

      ということがあるのです。たとえば自分は神の子供であるからといって、

       

      (みんな神の子だからそれでいい)といって、やりたい放題になってわがままになって、

       

      論争になって世の中ぐちゃぐちゃになってけんかになってしまったら

       

      自分の仕事は本来八百屋さんが向いていてその道では最高の能力を持つのに

       

      無理して画家になろうとしたら…最初からある程度はある置き手のような宿命が存在しているのです。

       

      できることもあるし、できないこともある。

       

      自由もあるけど、本質的には神が決めたことに私たちは従うときにこそ本当の自由を知ることができるのです。

       

      平和になります。

       

      人間は神の子といわれるが、

       

      神の出現させた霊の分散(分霊)した姿が私たちの意識の実在であり

       

      その順序があるため血統や存在の個体差からくる差別愛と平等愛の原則が生まれる。

       

      宇宙とは中心の点に○である。

       

      地球も○だが、中心がある。

       

      それを体現したものが大和であり、大和魂こそが、世界のすべての人々が持つべき一体化の原点であり、愛である。

       

      そしてこの大和魂を最も持つ民族が、日本人なのである。

       

      日本人こそが世界全体の人々を愛しすべてのものを救うことのできる力を持った最初の力を持つ。

       

      日本は救世国家である。

       

      それだけは断言することができるのである。

       

      世界の中心は日本、隠れた日本の中心は愛知県の龍宮の中の島

       

      さらに真の地球の中心は隠れた奄美大島(赤道付近)

       

      太陽系の中心軸は地球なのである。

       

      すべてのものを救うには、まずこの地球の波動が変わることから

       

      そのためにも、日本が変わることからそれを可能にすることができるのである。

       

      JUGEMテーマ:スピリチュアル


      こころのトラウマの乗り越え方

      0

        人間は大人になってからは外からの影響で何も変わらないように思えるけど

         

        意外と幼少時に受けた心の傷やさまざまなトラウマ、精神的な

         

        強迫観念で自分に対する意識が形成されることってあります。

         

        周囲の親や人々から「お前はいらない」などといわれたり

         

        人からいじめなどを受けて「私は存在していてはいけないんだ」とおもったり。

         

        基本そういったものを、すべて消し去った視点から自分を見つめてみる必要があるのです。

         

        他人が判断する自分ではなく自分が判断する自分でもなく

         

        何も考えずに、ただ黙想しましょう。

         

        そうしていると、物事が理論的に考えられるようになり、

         

        自分の主観だけで人とかかわっていたことに気づきませんか?

         

        「お前が悪い!」と子供のころトンカチで殴られるように怒られても、例えばあなたが何かを盗みましたか?

         

        なにか相手に暴言などを吐いたのでしょうか。

         

        ネットの文章などでも、はっきりと人の悪気地を書かれていれば、活字の力って人を本当に嫌な気分にさせる力を持っています

         

        幸福な文字は人を幸せにします。念も乗るからです。

         

        「きもい!」といじめられて、「ああ、自分の顔が気持ち悪いんだ、カミソリでこわさなきゃ」と

         

        言って顔を何針も縫う自傷癖になったという人がいましたが

         

        それも周囲の批判を冷静に見つめて分析しようとしなかったせいで思い込んだ

         

        とんでもない最悪の例だと思います。言う相手はそれほど傷つくとは思っておらず、思っていたとしても

         

        とんでもない犯罪者のような心の人だから、普通の人とは違って異常者だから、そういうことが平気で言えるのです。

         

        だれだって笑顔でナイフを振り回されて襲い掛かられたら、"こいつは悪い奴だ!"っておもいますよね?

         

        目に見える犯罪ならともかく、言葉や態度、精神的なわかりづらい方法で巧妙にやってくる人々が一般人の中にたくさんいるからこそ

         

        "精神的な犯罪"というのもあるのです。その被害者になってごらんなさい、とんでもありません。

         

        僕はこれだけつらかったんだ!と言えないし、だれからも知られないからなのです。

         

        肉体を傷つけられたら、たしかにそれはそれで深刻ですが、まだ周囲は心配するわけで修復できるかもしれません。

         

        心の場合は次元が違って、永久に自分ではどうしようもない次元まで破壊されてしまったら取り返しがつかなくて

         

        なかなか直しようがない。

         

        ほんとうに心の暴力というものほど、"犯罪以外の何物でもない"と私はおもいます。

         

        人をある種の意図的によろこんで平気で精神的に痛めつけることは、重い罪だとおもいます。

         

        「きもちわるい」といわれても、顔に何かついているの?仮に美しくない人であっても、それで他人に迷惑をかけた?

         

        それで、そういうあんたは自分より不細工でしょう?だからうらやましいだけでしょう?といわれると、さっと逃げたりして。

         

        笑い返す人もいますが、理論武装して言い返せないので焦っているのです。そういう人もいます。みんな内心わかります。

         

        ただ悪意と嫉妬とかしかなかったということ

         

        あなたが人に意地悪を言われたとき

         

        悪いことをしていて怒られるならわかるけれど、そうではないならば怒られる理由はなかったはず。

         

        そうではないとすればどうして?それは、相手の機嫌がよくなかったから。

         

        あなたにそう言う言葉や行動をした人は、

         

        すべての人々や自分が当たれる弱い人に対してだけ、そういう態度をする人物ではありませんでしたか?

         

        さまざまな道理がわかるものです。

         

        納得いくことならば、あなたも納得しているはずです。

         

        そうでなければ、大方相手の心に欠陥があるのです。そうすれば、次第に納得いく答えが得られて、

         

        自分の心にも整理がつくでしょう。

         

        心に大きなトラウマや傷が残っている人は、無理をしてでも自分を責めたりする必要はありません。

         

        どうしてそうなったのか、冷静に見つめてみるとわかります。

         

        今できる最善の出来事を積み重ねて明るいほうに進んでゆきましょう。

         

        そういうことを覚えて、少しづつでもいいので

         

        自分を乗り越えてより前へ進んでゆけるように

         

        克服していってほしいです

         

        JUGEMテーマ:スピリチュアル


        本人の責任であり課題という事実に気づくと乗り越えられる

        0

          本気で自分の人生に直面した時、人は自分の足で前へ進んでゆこうと思ってゆけるようになります。

           

          私も、一人旅が大好きです。

           

          そういうことをするときに、人生の本来の意味を

           

          様々なものに教えてもらえるような気がするからなのです。

           

          全部自己責任で乗り越えてゆけるから。

           

          私は、人のせいにする、ということが嫌いなんです。

           

          全部自分を過度に責めるということではなく、自分のことは自分で背負う、自分で生きてゆく必要があるということ。

           

          どれだけ人生において苦労をしたり辛かったり

           

          いやな出来事が多くてもそれはその人の課題であり

           

          その人が責任をもって乗り越えてゆかなければいけないことなんです。

           

          またすさまじい悪いことをしてきた人が次の転生で不幸になったり、

           

          多くの人々の地獄を天国に変えるために率先して苦しい世界に降り立つ天の人々もいるので

           

          一概に決めつけて判断することはできません。

           

          ですが、どのような理由であれ、その出来事がその人を高めたり

           

          良い方向に導くことは変わりません。

           

          なので、それでいいのです。すべての起こる出来事に感謝をして、進む意識を持つことが必要なのです。

           

          誰かにどうにかしてもらいたくて、泣き声を上げても

           

          それでもどうでもいい時には自分の都合のいい道具にしようと画策しているような人に対しては

           

          手を貸すのも問題であることがあるのです。どれほどつらくとも

           

          自分の課題であるとして、乗り越えましょう。

           

          今の状況をどうすれば解決できるか、どうすれば適切な方法で解決できるかを

           

          考えて答えを出しましょう。

           

          苦しんでいる人に同情したり何かをすることは簡単です。

           

          ですが、それがその人の修行なのだと達観することはそれ以上の高度な心の修行だと私はおもいます。

           

          魂はそうやって切磋琢磨しているのです。

           

          今手を貸してやるべきか、それともどの距離まで自分からかかわるべきかを見極めることも愛です。

           

          「一緒にいれば強い」とかいうけど、親子や恋人と一緒にいても、べたべたとした

           

          「共依存」になる人もいるのです。それで何かが解決したということは実は何もなかった

           

          ということが多くあります。愛情とか絆のドラマのような特集が毎回組まれてみんなスタジオで涙します。

           

          確かに一瞬ジンとなりますが、むかしほど最近はそう思わなくなりました。

           

          だって、そこで涙する人々のほとんどが、意外に苦しんでいる人のことを見たときに「どうでもいい」

           

          というようなことを平気で無自覚に行ったりできたりしているからです。また、

           

          そうはいっても、そのVTRの人々の家庭の内情までは私にはわからない。

           

          意外と夫婦げんかが絶えない家庭だったり、感動的に病気を乗り越えた子供であっても

           

          笑顔でインタビューに答えて数年後にすさまじくぐれて警察の御厄介になる可能性があるかもしれません。

           

          もちろん逆に希望に満ち溢れた未来が待っているかもしれないし、それはさすがに私とは関係がなく、その人々の問題で。

           

          そのときだけはヒューマンストーリーのように描いて

           

          「勇気・希望・愛!」と高らかにみんなで語ることはできても、現実は時が過ぎれば

           

          人それぞれ思考や行動は同じではありません。だからこそ、難しいものなのではないでしょうか。

           

          そういうことの中で理性的に自分の現状を見つめて、どうしてこうなったのかを見つめて

           

          明るい回答を出してゆくことは、至難の業であるともいえます。

           

          表面上の見せかけの張りぼてだけではなく、

           

          ほんとう勇気・希望・愛を見つめられる自分になるにも、様々な体験を乗り越えなければいけないこともあるのです。

           

          相手の人生を自分が生きてあげることはできません。

           

          自分の人生は自分で、相手の人生は相手が生きる。それが宿命なのです。

           

          だから思いやりを持つことはあっても、情にのまれないこと。

           

          どれほど大変な状況の人や、周囲の人々や自分の現状に直面しても

           

          感情論でどうこうしてわめこうとしないこと。

           

          最初はなかなかそう思うことは難しいかもしれませんが、自分の損得勘定を無にする人はそれができるようになります。

           

          「どうなろうと、感謝して進む」最終的にはそれが大切なことだとおもいます。

           

          JUGEMテーマ:スピリチュアル

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           


          大日下王(大草香皇子)と若日下部命

          0

            天皇家と髪長姫とのあいだにうまれた

             

            大日下王(大草香皇子)と若日下部命の御名代が日下部氏の始まりといわれています。

             

            基本的に皇族関連の人物といわれているが

             

            本来隼人につながる海族の人々

             

            鹿児島や日向にいた古代地域を形成していた人々が航海して大和まで同伴して

             

            日下部の伝承を伝えてゆくようになったといわれています。

             

            そのため日向と大和には共通点が多く丹波では日下部氏の祖先が浦島子といわれている。

             

            大草香皇子(おおくさかおうじ)と浦島太郎の関連性

             

            浦島太郎と山幸彦海幸彦の関係性。

             

            海族の象徴である海の妃が毎度登場し天皇家の祖先としているところ

             

            良くも悪くも海とは因縁がある。

             

            日本書紀の編集員の一人に難波連大形(草香部吉士大形)が存在していることからも

             

            日向に存在していた日下部氏族の天孫(アマ族降臨)の伝承をのちに使局員として

             

            天皇家の誕生神話として書き綴ったものといわれています。

             

            浦島で、日の下の皇子で、そこから日下部氏系図を見るだけでも公には、中島氏に分家しているといわれているし

             

            中島氏(本家)から海部氏(分家)に分裂をしている。

             

            海部氏より尾張氏は始まり共通点の強い家系図を書き残してそこに卑弥呼(日御子)の名前がある

             

            つまり、最初の物語は、"そういうこと"だったのである…

             

            JUGEMテーマ:スピリチュアル


            (神の戸)かごめは海を越えて淡路へ

            0

              高鍋町から出土した

              卑弥呼の生死(歴史の岩戸開き)に

              かかわる特別の鏡かとおもわれる

              存在しないはずの景初4年神獣鏡

              日本のはじまり

              おのころ島でもある、兵庫西宮の博物館

              に所蔵されていた。

              西宮とは神戸の横である。

              神戸とは神の扉、すなわち岩戸開きの地

              西宮の旗はかごめ



              ここは辰馬考古学博物館といって

              日本有数の銅鏡や土偶など本物のなかの

              本物の歴史の中に光っている真実の資料

              を結集させている。

              辰馬は龍と馬。高千穂の峰〜京都にわたった“龍馬”の恣意につながる暗喩である。

              また博物館は日本有数の酒造で、伊勢神宮の御神饌もここでのみ備えられている。

              鳴門も、中心門が開く渦巻き。

              龍宮の四国八十八箇所

              そこから移住した方が高鍋町の八十八箇所巡り場を建設しており、そこから鏡が出土。卑弥呼の生死のとき存在した240年・景初4年架空の年代の鏡は福知山と高鍋の世界にたったの二枚だけ。浦島太郎伝説の浦島子のはじまりのイスラエルと琉球人が混血した一族が渡来した海岸の高鍋町の鏡はかごめ(西宮)に。高千穂の峰(エルサレム)の性空上人は没前兵庫姫路弥勒寺で亡くなる。

              8・8・8は24

              242828の仕組み

              阪神淡路大震災もこの淡路島に関係がある。

              「ともくん!神戸で地震が起こった!神の扉が開いたんだよ〜!」と恐れ戦きながら

               

               

               

              しがみついて話していたおばちゃんを思い出す。たしかに、神戸は神の戸であった。

              ここで福知山と高鍋の卑弥呼の岩戸開きの鏡が揃った。

              また福知山すらも、旗はかごめだ。

              鹿児島もかごめの働きを持つ。


               

              福知山の旗

               

              高鍋の旗

              福知山と高鍋は旗の色から形も酷似する

               


              福知山は六芒星、高鍋は正三角形に○で、成り立ちから見ても似ているが、互いに差異を持つ。

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               


              外界から失われた大年神社

              0


                百済の母が眠る墓と大年神社。

                ここは高鍋町の海岸にスサノヲノミコト

                に準えられる福智王がやってきた

                蚊口浜だが、浦島太郎伝承は日下部氏の

                ものである。で、ここはその(おっかさん)

                福智王の母が眠るとされる場所だ。


                「ここの付近にアマテルあるぞ」

                と夢で教えられていたが、まさか…と

                見落としていた。

                蚊口にウガヤフキアエズ出生地の鵜戸があり浦島太郎が伝承で上陸していたと

                きていただけでも最初は内心

                ビックリしたが、「普通では解りにくい、奥の奥の奥の海岸線路沿い場所」に神社がある。しかも上陸者に関連した「大年神社」



                大年神社の大年命とは、元伊勢籠神社の

                天照国照彦火明命(男の天照)であり、ニニギノミコトのお兄さんだ。



                大和朝廷が完成する前の

                大和の創造者で、
                ニギハヤヒ(海部・尾張氏らの祖先)である



                日向一宮の都農神社のかつて祀られていた

                尾鈴山、矢研の滝のニギハヤヒも

                驚くべき秘密だが、だれもいけないような場所にひっそりとした直線通路があり、地元になんとニギハヤヒである。







                華智王・伊佐賀は神をイワヒ祭る境

                0


                  神門(ミカドジンジャ)御神幸祭
                  (師走祭り)

                  (師走祭りは、木城町と美郷町南郷区(旧南郷村)にまたがり、1000年以上も前から脈々と引継がれ、異国の地で亡くなった百済王一族を慰めるお祭りです。

                  木城町の比木神社には百済王国の王子「福智王」、美郷町南郷区神門神社には百済王「禎嘉王」が祭神として祭られています。「神門御神幸祭(師走祭)」とは、この百済王国の親子の、年に一度の対面を表現する極めて珍しい祭りで、百済王族の伝説を裏付ける大きな証とも言われています。

                  この祭りは、昭和10年代までは、全行程を徒歩で9泊10日間の日程で行われていました。
                  現在は車で行き来することから、1月下旬の金土日の3日間で行われています。

                  比木神社(児湯郡木城町鎮座)に祀られた王子の一行が、フクロガミ(袋神、花笠ともいう)を奉じて、延々約23里(約90km)におよぶ決まりの道を、父王が祀られた神門神社(東臼杵郡南郷村鎮座)まで巡行し、そこに滞在して父王と再会して、また帰ってゆく祭りです。

                  1000年以上も守り継がれてきたこの祭りは、全国的にも極めて古い形態を残していること、百済の風習も残っていること、更に90kmにおよぶ巡行など、他に類例のない貴重なものです。

                  物静かな行列は古代の雰囲気を残し、この期間、村里は祭り一色に染まります。なかでも初日、夕闇迫る神門神社付近で、天をも焦がさんばかりに燃え上がる神を迎える火の荘厳さとそのスケールには、誰もが圧倒されます。その中を祭りの一行は、感激の面持ちで神社本殿へと進んでゆきます。

                  神門神社に向かう「上りまし」では、お旅所に待ち受ける人々や沿道の篤信者が、フクロガミのふくらみ方や色合いによって年占をしたほか、大根・にんじんなどの収穫物をフクロガミ巡行の路上に姿を表さないで差し出して置いたり、地区挙げて篝火をたいて迎えるなど、種々の習俗が伝えられています。

                  また、一行が帰路につく「下りまし」の際には、オサラバと称して、ヘグロ(墨)を顔に塗り、ショウケ(竹で編んだ笊)などを振って送る慣わしも見られるなど、この祭りには、地域住民の素朴な信仰形態が見られます。 )

                  ※ディスカバー宮崎より転載


                  百済王と福智王は

                  それぞれ広島に漂着し

                  のちに福智王は占いで高鍋町の海岸に

                  たどり着く。のちにスサノヲとおなじく

                  木城に祀られ、百済王は神門(ミカド)に

                  占いにより行き、本拠地とする。

                  弟王の華智王は、伊佐賀で戦死

                  たどり着いた際

                  「和国は神国である」という

                  貞嘉帝(百済王)の言葉がある。

                  日本はスメラ神国といわれるが、

                  すべてをひとつに統べる文明があるから

                  スベル=スメラといわれていた。

                  日向には5000年以上前から

                  古代シュメール文明が存在した。

                  日向伊勢の(ジャスラ=蛇神)のペトログラフなど、証拠がある。

                  シュメールは世界最古の文明であり

                  シュメールからスメラ(統一)は来ている。

                  鶴と亀が滑るのも、反転し(滑り)

                  統一される(統べる)から。

                  文明の架け橋である。

                  全て、ということばも(統べて=総て)

                  と表現される。またもうひとつ、現地古老に百済王族渡来研究者が取材をしたら、なんと百済王関連の話題はひとつも出てこないのである。

                  「異国の大将軍」とだけ表現される。
                  こういうのは現地の人物が以外な事実を知っていたりする。

                  実際彼らが最初についた広島は、島根に隣り合う出雲の一大拠点だ。

                  広島福山市には、スサノヲノミコトの伝承があまりに多い。また、大歳(ニギハヤヒ)もペアで関連している。

                  木城のスサノヲたる福智王が母に合いたくて大泣きし、母が祀られる高鍋町の神社にニギハヤヒがあるなら、なんかもうここがどんな場所であったかを“結論から言われている感”を否めない。

                  浦島(日下族)太郎の原型である高鍋の福智王もスサノヲノミコトと同一視するならば、

                  最初に来た広島〜島根は、スサノヲノミコトの出雲神話に共通するか。

                  のちにスサノヲ族が劣性になったせいで

                  高天原から出雲に追放された神話になった可能性はある。

                  素盞嗚神社は

                  広島の備後国一宮になっている。

                  また華智王の地伊佐賀も、意味深

                  伊佐賀と神門には接点がある。

                  「伊佐賀」は「磐境」「岩境」で

                  岩で示された境界のある地(日本古典大辞典)神をイワヒ祭る境(安斎随筆)の語源の説がある。

                  神を迎える岩戸に直結する。

                  神門(ミカド)につながる場所からでた鏡は兵庫西宮の博物館にあるが、ここも淡路島〜神戸がある。

                  神戸は神の戸、すなわち岩戸である。

                  鏡が照らすミカドへの道。

                  福智王の名前は広島福山に流れ

                  おなじ鏡が出た浦島太郎伝承の

                  京都福知山丹波に出現する。

                  ここもまたスサノヲ族の本拠地か。

                  また、華智王に相当する皇子が存在し

                  のちの開化天皇(天皇家ではなく、邪馬台国の日下族の皇子)のモデルだったら

                  京都で丹波国作りの開化天皇の末裔が日下族日下部氏であることも容易に繋がる。

                  ヤマトタケルが尾張氏であり、スサノヲノミコトが草薙の剣を振るう理由も、ニニギがなぜ草薙の剣を持つのかも。

                  彼らの草薙の剣が現在、“奪われたぞ”
                  ということに繋がる。






                  スサノヲノミコトと神門(ミカド)神社の秘密

                  0

                     

                     

                    木城町にはスサノヲノミコトを祀る比木神社があるが、ここには存在しないはずの架空の百済王族が

                     

                    祀られている。どこからか知らない人々がやってきて、地元の民に迎え入れられ慕われたという。

                     

                    しかしどれほど調べてみても、その人々がいたことなんてなかったのである。

                     

                    地元の人々はこれを本気で信じている人も多いかもしれないし、またそれと同じことは実際あった痕跡は存在する。

                     

                    しかし、その伝わった内容"そのまま"であったことはありえないだろう。これにも浅からぬ理由があるといえよう。

                     

                    その王族が、そもそもスサノヲだったんじゃないかといえるんですよ。

                     

                    浦島上陸地だから=琉球から来た混血児が王族としてきた可能性が高いということ。

                     

                    高鍋町はまたかなり多彩かつ以外な伝承をもつ。

                    浦島太郎が龍宮(琉球)からきて玉手箱を開けた海岸には

                    ウガヤフキアエズノミコトが出産された鵜戸神社があるだけではなく

                    この百済王が海を渡って上陸してきた伝承があるのである。

                     

                    これはかなり土地の人々の間では有名なはなしで

                    毎年宮崎県の数社の神社をあげてかの扶余 王族とされている人々を偲ぶ祭りが行われる。

                    しかしもうすでにお話した通り、事実は違っているといえるだろう。

                     

                    史実の中に禎嘉王(ていかおう)という百済王の名前が、

                     

                    "存在していない"ということ

                     

                     

                    それはもう100年くらい前に終わっちゃってるんだもの。百済王国は…

                     

                    ※イスラエルの街並み

                    しかしそれだけの何かがあったことは絶対事実であるといえる。

                     

                    そしてその土地の人々がその歴史を祀る想いは素晴らしいことです。事実として、だけれども

                     

                    これにも隠された事実が存在すると私は思います。

                     

                    百済が戦いで滅亡するのは 663年なのに、

                     

                    神門(ミカド)に百済王が亡命するのは八世紀からの 756年のことであり

                     

                    百年の時差があります。 

                     

                    おおよそ皇子たちの福智王と華智王が存在しないばかりか

                     

                    またまた土地の人々に直接聞いたら、「海の外の王」などといって

                     

                    それは"福智王だ"とはけしていわれなかったり。そこがまた輪をかけて疑問なところです。


                    滅びた国の王族がどこからともなく「はーい実は復活しましたー!」てやってくるはずもない。

                     

                    復活したらしたでこわいし

                    この伝説に詳しい地元の方々はある書籍作家や研究者の質問に、"やってきたのは百済王らだ"とはいっていないのである。

                    「異国の大将軍がきた」ということ

                    だけである。漠然としている。異国ってどこから?

                     

                    実際イスラエル側の人々ははるか昔に海を渡ってこちらにやってきています。

                     

                    そして日本の現地民と混血して、イスラエルと日本の和合を行っていた。

                     

                    それ天地和合の古くからの歴史であるのですが、いろいろ本当のところは隠されている。

                     

                    もっとディープな事実が隠されているのに、それをのちの都合のおいいお話で茶化しているとしか言えません。

                     

                    持田古墳の大規模な盗掘もそれと関連しているのではないでしょうか。

                     

                    ここで発掘された景初4年の鏡が存在する博物館も

                     

                    "兵庫県西宮"という場所ですが、名前の関連性を見ても必然的

                     

                    淡路は奄美日向と対応するといいましたが

                     

                    兵庫県は淡路島、すなわちおのころ島に対応する場所があり、おのころ島は日向にもあります。

                     

                    日向の都は西都原です。ここもまたおなじく"西の都"なんですね。

                     

                    人の名前も関連があるといえるでしょう。

                     

                    福智王がやってきた・・・とありますが、福(智)知山の名前の由来も、同じ鏡が出ている以上は大和へ渡った

                     

                    草香(日下)族の混血豪族の名前などから

                     

                    のちの名前が成立している由来につながり来ているといえるでしょう。

                     

                    福知山には百済王族が来ている伝承がないけど、福知山の由来は日下の拠点である海族、混血した

                     

                    この人々が来たうえで同じ拠点を創造することができたのです。

                     

                    だからこそ同じ鏡が出たり同じ浦島伝説が伝わっているのです。

                     

                    神武が東征したように、その物語をのちに形作るまでの同一の東征物語があり、そちらに真実があったのです。

                     

                    初期の国を創る一連の流れはおもったよりも穏やかなものだった可能性すらあるほどです。

                     

                    それでその王様の奥さんを祀っている鴨野の高鍋町の神社にも大歳神がまつってある

                     

                    大歳神は穀物の神だがのちのち改名した別の名は饒速日尊、二ニギの兄である。

                     

                    元伊勢籠神社の、かごめのなかの天照国照彦天火明命です

                     

                    福智王は母に会いたがりその神社で再会を再現したお祭りまである。

                     

                    まるでスサノヲが黄泉の国にいった母に会いたがった伝説のよう。

                     

                    しかし、高鍋町にニギハヤヒがあったとすると

                     

                    浦島伝説から日下部一族のかなり重要な拠点で、それにかかわるイスラエルの混血児たちが海からやってきていた

                     

                    その際重要スポットだということになります。

                     

                    なんだかな〜

                     

                    そういうふうに

                     

                    以外にも真実を知られないように多くのトラップをそこで施しているわけなんですよ。

                     

                    日本建国の秘密がそこかしこに存在している。邪馬台国の存在理由も日下一族の存在があったからこそあるといえるのです。

                     

                    本当に簡潔な話

                     

                    真実の出口をその筋の勢力だか、昔の時代にむしられないように

                     

                    (百済だか外国の王族が来たんだよ)ってこととして、ひとまず封印されているのだと気づいたのです。


                    語り継がれる名前としてはその王族「福智王・華智王」といった。福智王がもし

                     

                    日下部の系譜の人々であったとすれば、共通する京都福知山市の地名もおなじ神獣鏡の

                     

                    存在意義も理解できる。すなわち浦島日下の拠点だったからである。

                     

                    福知に関連する王の名前だったのだろう。地名に


                    (華智王は別の場所に)を祀る神社がある。

                    その名は比木神社であり、そこには海の神

                    スサノヲノミコト・クシナダヒメ

                    大国主 などを祀っている。創建は

                    1800年前だから、卑弥呼の時代とかさなる。

                     

                    ん?なにこれ。おもしろいぞ高鍋町。なんかでてくる高鍋町。

                    また、彼らの父が漂着した南郷町の

                    神社は持ってきたというお宝があり、古墳時代のものやさまざまな年代のものもあるが、神社名は「神門神社」

                    よんだら、ミカド神社、である。

                    ミカド神社=ミカド(帝)

                     

                    これってそれって天皇やん。

                     

                     

                    神門神社(みかどじんじゃ)は、宮崎県東臼杵郡美郷町にある神社

                    祭神は大山祇神百済の禎嘉王、倉稲魂命、品陀和気命(応神天皇)ほか。本殿は国の重要文化財に指定されている。

                     

                    ※出典wikipedia

                     

                    「え、これ、天皇じゃね?」と思った。

                     

                    初期天皇家というか、本天皇ではないけど、

                     

                    のちに輸入された言語が変化して

                     

                    ミカドという言葉を生み出すルーツなんでしょう。

                     

                    その証拠を示すかのような西の正倉院という資料館もあるにはある。

                     

                    神社ができたのがそもそも王様たちがやってくる超絶的に昔だから、古代の出来事を

                     

                    のちの現在進行形の皇○であるかなんやかんやの圧力がカムフラージュして、(なんやかんやってなんだ)

                     

                    上から別の伝説を隠して重ねているんだろうか。

                     

                    ここにやってきた百済の王族が天皇になったのかと思ってる人も多いかもしれないが、

                     

                    ブログ読者はわかるだろうけど、ご存じのとおり日下部氏は海幸として描かれていて負けている。

                     

                    そちらのサイドの混血児であり初期天皇家や邪馬台国形成にかかわった集団の伝説を、

                     

                    のちの権力者側が渡来人の物語として消したやもしれぬあやしからぬ(変な言い方だが)と思われる。


                    ミカドはイスラエルガド族からきていて

                    ミカドはガド族出身の者という意味である

                    天皇の称号の元ネタである。

                    浦島太郎は鹿児島や高鍋では

                    龍宮ではなく琉球からきたと言われている。

                    すなわちガド族系統の渡来人たちは琉球で

                    混血し、初期王朝の人々になり

                    高鍋に上陸し日下(くさか)の大国をつくった。西都もおなじ領域だった。

                    それから日下の剣をもち

                    大和入りして一大勢力を築き、

                    大和に女王卑弥呼を立てたといえる。

                    その間に王朝の交代があり

                    初期王朝の文化だけ完璧に入れ替わった

                    負けた中の島でのできごとはかごめに

                    かくされ、出口を封印された

                    ということになる。

                    いま木城でまつられる王族のスサノヲノミコトも、本来の天皇がスサノヲのポジションであることを表している。

                    今ももの寂しく存在する木城町とはけされた王統の"鬼城"のようなものだったのではないだろうか。


                    西都にある鬼の窟など、失われた歴史に

                    あさからぬ因縁に満ちた土地である。

                     

                    だが、わたしは鬼の窟シューは好きなのである。

                     

                    観光に来たら買ってください。あ、宣伝じゃないです汗(ほんとうか?!)

                     


                    JUGEMテーマ:スピリチュアル


                    龍宮のお宝

                    0
                      海部〜尾張氏は家系図からわかるように卑弥呼の末裔である。

                      天背男命の子孫が中島・海部氏で海部は中島氏の分家であり尾張氏の遠祖である。卑弥呼は鬼道で大衆を惑わしたとある。存在が目に見えず公にならないのは天皇家が鬼(日本神話で鬼・悪神とされた神)の子孫として彼らとその神を封印したから。

                      籠神社の倭姫命(卑弥呼)は
                      天照皇太神の鏡(魂)を伊勢神宮に到着する直前に「尾張国中島宮」に祀っていた。
                      尾張の中の島で卑弥呼が本来天照国照を祀っていた、かごめに封印された中の島の天照が伊勢に左遷されたことを後世物語にしている確かな証拠である。

                      元伊勢籠神社。こちらの神職の方は、海部氏から分家したのが尾張氏である。と主張されている。 それは正しい。

                      中島一族を悪神の子孫として管理下のなか海部に託し管理下におき反落分子にして逆らえないようにしてかごめに押し込め滅ぼそうとしたのは明らかな陰謀。唯一のミスは子孫が全国に散ったこと。(これも陰謀と思われる。)

                      海部氏系図は日本最古の家系図として国宝。

                      尾張国の一帯はすべて海であり、当時は中の島しか存在しなかった。尾張氏はあとの名前。尾張国土の潰され隠された開拓者は中島氏(真の本家)であり、尾張平定の代表族が尾張氏。そのため海部と尾張に大規模な家系図が認められのこる。これも一種の権力者のカムフラージュである。中島氏だけは悪神の子孫でそれが許されない理由。

                      中の島は龍宮とよばれていた。

                      龍宮はイスラエルと海外〜国土琉球族の混血である日下族(日御子=ひのみこ)が浦島日下と草薙の剣を持ち奄美大島〜鹿児島〜宮崎高千穂〜高鍋(大和日下族の最初の拠点)〜九州〜尾張の中の島に到着し都を奈良(京都一帯)に展開させた。

                      幾内〜福知山に第二拠点をつくり大和国は発展した。

                      中島〜海部は尾張の総社尾張大国霊神社の神職で同族

                      中の島に卑弥呼や初期大王が来て討たれ、一部丹後に左遷された分家が海部になった。

                      海部は元伊勢籠神社の神職になり中島は閉じ込められた鬼の子孫になった。


                      そのためこんなふうに怒っていたりして
                      Check

                      | 1/145PAGES | >>

                      PR

                      calendar

                      S M T W T F S
                          123
                      45678910
                      11121314151617
                      18192021222324
                      252627282930 
                      << September 2016 >>

                      元祖スピリチュアル女性誌TRINITY WEBで連載中!

                       

                      著書“新しいこころの時代を大開花させる!”好評発売中!

                      ともくんの全国講演会&トークショー&イベント出演・執筆依頼 ジャンルを越えさまざまな場所にて開催しております! どしどし受付中!気になった方はお気軽にどうぞ tomoamanohana@yahoo.co.jp(受付)

                      天術家 天華とも 公式サイト

                      スピリチュアル新人類 ともくん 登場!CM

                      “ともくんブログ” おかげさまで絶賛好評大開花中!

                       

                      selected entries

                      categories

                      archives

                      recommend

                      links

                      profile

                      search this site.

                      others

                      mobile

                      qrcode

                      powered

                      無料ブログ作成サービス JUGEM